女雛乞いの信連
小さな女の子が漢字で名前を書いていた。難しい字をきれいに書くものだと褒めれば、昔から漢字で書いていると言う。なんでも、ご両親に強く言いつけられているのだとか。 「お手本あるから、忘れても大丈夫なんだよ」 そうして見せてもらったハンカチやお財布には、なるほど、確かに大人の字で...
"浪漫郷公式ホームページ雑記 20◯◯年、1月某日の記事より抜粋" どこから切り崩せばいいものか、と見下ろす人を見るのが僕の楽しみである。 僕の自慢の怪物の切れ端。奴らだって、赤、翠、琥珀色の輝石の燦く濃い煉瓦色の背鰭や、溶けかけたみぞれ雪に似たはらわたを誇るだろう。僕とし...
「鳥を討つのは、あたくしどもの役目でね」 十生が最初に生きていたのは、貴族の世の終わり、武士の世の黎明期だった。 とはいえ、もののふどもも立派なのは名前だけで、のさばるのは野盗の上等になったようなものばかり。はるか東国は言わずもがな、都近くに住む武士もまた、殆どは荒くれ者だ...
(子盗り騙りのセドリック・ジョルダン 後日譚) 「セドリック・ジョルダン?」 その呼びかけに応えて、蓬髪の青年が顔を上げた。ふわふわとした金髪を鬱陶しげに撫でつけて、濃い隈の浮いた四白眼が睨め付ける。偽物"鳥籠ジャック"の騒ぎの翌日であったし、昨夜に限って一際根気強かった警...
「"鳥籠ジャック"がさあ……。」 「ウォーターハウスの件だろ。娘さんの。前なら、子どもはすぐ帰ってきたのにな……。」 一階下のアパートメントの話し声を耳にして、屋上を行く青年が眉をしかめた。僕じゃない、と呟きながら、尖ったヒールで屋根瓦を力任せに踏み砕く。...
「獲った!」 高らかに歓声を上げ、鍵を引っ掴んだ勢いのまま客人が駆け出した。真ん中に鍵を安置した台座、四方の壁には扉を配置したこの部屋こそこのアトラクションの折り返し地点。あとは鍵を手にしたまま、脱出口のエレベーターホールへ辿り着ければ客人の勝ちである。...
ある常連の話 振り向いたそばに黒い瞳があった。 海に沈んだ私のすぐ傍を、鮫が通り過ぎたのである。海の中にあって灰色がかった体表をした、子ども二人分ほどの大きな鮫だった。 あるいは私も小学校に上がったばかりだったから、余計大きく見えたのかもしれない。...
# フォロワーさんが王子か騎士か魔王か神でたとえてくれるアンケート https://twitter.com/f_a_x_k_tiru/status/1408416648558628868?s=21 上記のようなタグがありまして、吊木の結果に対して作成した掌編でございます。...
「重い鉄扉が閉まるのを見届けて、ぼくは絶望的な気分になった。目の前が真っ暗になるというのはまさにこの事。目は見えていたが、周りの景色なんてこれっぽっちも入ってこなかったんだ。」 壁にもたれた青年が朗らかに笑った。所々ひび割れてざらつくコンクリートの床に腰を下ろして、手足を投...
@Tw300ss様の企画する #Twitter300字ss として掲載したもの。 2021/7/3のもので、お題は「答える」でした。 Twitter300字ssの概要は下記の通りです。 https://privatter.net/p/310549...
娘が衰えてゆくのです。 母親の言う通り、その娘はひどく弱っていた。 痩せ衰えた長病人の様相ではない。けれど顔は蝋の白さで、病床から身を起こしはすれど、頭痛を堪えるように目を瞑っている。 シーツの上に重ねた指も青白く、時折小刻みに痙攣するのが見てとれた。...
カレーの好きな人が甘口って言うのと同程度の怖い話。 あるビルの話だ。 ここの上階は幾つかの企業が借りているのだが、どこに勤めても、新人は何より先にこう言われるという。 「エレベーターに乗ったら、なんでも正直に答えろよ」 首を傾げたくなる話である。...
騎士隊長グリゾディアブラ 昔、姫君を喪った国がある。 森の大穴の蜘蛛に魅入られたのだ。 大穴の蜘蛛は貪欲で、食事や娯楽、愛妾にまでも小国の宮廷ほどの価値を求めた。 それゆえ森や近隣の国々を襲うことも多く、 膂力、糸、爪、牙、そして毒のゆえに、所望されたのが家畜や衣服、あるい...