"浪漫郷公式ホームページ雑記
20◯◯年、1月某日の記事より抜粋"
どこから切り崩せばいいものか、と見下ろす人を見るのが僕の楽しみである。
僕の自慢の怪物の切れ端。奴らだって、赤、翠、琥珀色の輝石の燦く濃い煉瓦色の背鰭や、溶けかけたみぞれ雪に似たはらわたを誇るだろう。僕としては、シロップの染みたしわくちゃの皮膚の方が自信作なのだけれど。
そう、僕の自慢の怪物はチョコレートケーキ。厚い生チョコレートで三層のシュー生地とカスタードクリーム、そしてじっくり煮詰めたラムレーズンを鎧った異形の菓子だ。
隠し窓から見れば、客人たちは大抵最初に途方に暮れる。食べ切れるか不安な顔でお母さんを見上げる男の子、どこからフォークを入れるか迷ってお皿を回す旦那さん。とりあえず食器を持ってみて、首をかしげる老婦人。そんな客人を見た時にこそ、僕は厨房のこちらで快哉を上げるのだ。まかないを食べに来てくれた"案内人"と、調子に乗ってニタニタ笑いあうこともある。目玉の腐った土左衛門……けれど乾いた半身は美丈夫なのだ。憎たらしい……に「お前の怪獣もやるじゃないか。」なんて褒められたらつい水物なんかくれてやるから、それを目当ての世辞が返ってきているだけかもしれないけれど。
ともかく、僕の怪物を前にすれば、チョコレート大好きなんてはしゃいでたお嬢さんすら怯えてウェイターを仰ぎ見るのだ。
「ごゆっくりお楽しみください」なんてにこやかに突き放されて、客人たちはようやくフォークを手にして対峙する。その悲壮さと言ったら「わたしを眼前にしたようだね。」なんて、毛むくじゃらに足まみれ鱗だらけの"案内人"がこぼして笑っていたっけ。
ここからの戦い方は客人ごとに違ってくる。まず多いのは、チョコレートの鎧にナイフを入れる人々。東京タワーをへし折る大怪獣の外殻にも似た凹凸に気圧されて、皆、フォークで凹むようなそこに勢いよく斬り込むのだ。そうしてから初めて柔らかさに気が付くから、たまに勢い余って派手な音を立てる人もいる。分かってからフォークで掬うのは、カカオの香り高く、けれど苦みは徹底的に取り除いたチョコレート。そこに埋もれているのは手製のドレンチェリーと砂糖漬けのレモン、そして石英にも似たシロップ漬けのドライオレンジ。もったり重たいそれを口に運べば、その後は口も聞かずに食べ切ってくれるだろう。
それに反して、いかにも弱そうなしわくちゃのシュー生地……横倒しに盛られたケーキの裏側……から迫る人もいる。フォークでちぎるのはコツがいるから、鎧以上にナイフがおすすめな部分なのだが、そうしてくれる人はもっと少ない。けれど焼き上げてからシロップを吸わせ、さらにカスタードクリームで挟んで寝かせた生地はもうしおしおと柔らかくなっていて、少し力を入れればクリームさながらに掬えるはずだ。けれど、軽いのはフォークの先ばかり。軽いようでみっちりとしたシュー生地は、噛めば噛むほどじゅわじゅわシロップが染み出す仕掛け付きで、クリームと一緒に口に含んだ方があっさり呑み込める罠になっている。とはいえ、クリームの中にもラムレーズンの地雷が仕掛けてあるからどっちもどっちであるのだけれど。
さわやかにもったりした生地とクリーム、芳醇で軽いチョコレート、気に入った方からお気に召すままフォークを進めて、気付いた頃にはお皿が空になっている。残るのはわずかなクリームの切れ端とかチョコレートの端切れだけれど、お連れの頼んだカステラやビスコッティでこそげとって平らげる人も、見た限り随分いるようだ。けれど、一休みに来た"案内人"たちも、型抜きした余りのクッキーやスポンジで残りのチョコレートに同じようなことをするから、決して恥じる必要はないと付け加えておこう。むしろ出来立ての、テンパリングしたばかりのチョコレートすら狙う彼らの方がお行儀が悪い。さすが"悪霊"の看板を仕事にしている手合いだと感心する限りだ。ドレンチェリーならぬドレンジョロキアやドレン青唐辛子で欺いてやりたいこともあるけれど、最近はお供えだと思って見守っている。
というのはまた、閑話休題。姿を見せないぶん筆をとってみてはどうかと番頭さんに勧められての独り言だけれど、どんなものだろう。怪物見たさの好奇心でも、チョコレートなら相手構わずの博愛主義者でも、これを読んで一皿余計に頼んでくれたら、僕は厨房の奥からニタニタ笑いながら自慢の怪物たちを送り出すだろう。
ケーキの名前は「フリーク・オペラ」
お代は見てのお帰りです。
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