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青吊

日暮れて四方は暗く

# フォロワーさんに要素をもらって自分を聖職者化する

というタグで作ったキャラクターの小話です。

下記の要素をいただいていました。


・顔に聖書の言葉

・罪を償う為の自傷行為が行われる

・常に目を伏せてor閉じている・武器を隠し持っている

・窃盗癖がある、パイプオルガン弾くけどめちゃくちゃヘタ

・◆沼のほとりで暮らしている◆一人でいるとき、黒猫ともカラスともヤモリともつかない何かが後をついてくる(数は一定しない)

・ポケットに大量の木の実を忍ばせている、ときどき頭に葉っぱがついていることがある

・微笑みを絶やさない/頸に奇形がある


「彼の話をしよう」

誰がはじめに、切り出したのだったか。古い友人の葬儀が終わり、参列者は連れ立って酒場へくりだした。職場の上司、同輩、後輩、親しい隣人たち、賑やかだった送別会からも、一人、二人と帰っていき、ついに竹馬の友が三人残るばかり。

静かになったテーブルで、誰が話すともなく、彼の話は時間を遡る。青年時代、学生時代、そして子ども時代へ。酒のためか、懐古心からか、忘れたものも蘇る。

「なあ、あれを覚えてるか」

ほんとうに、誰が話し始めたのだったか。酒場の角席の暗さだけではない陰が、一様に男達の顔によぎった。どれほどかの沈黙をおいて、また、誰かが応える。

「あれって、神父のことか」

あの"ベリー神父"。返したのは、顎髭の男。昔いちばん体の大きかった彼は、今は警備員として働く父親だ。答えながらも、彼は顔を俯かせて動かない。ただ、テーブルの木目におとした目を泳がせるばかり。

それだよ、とまた、誰かが返した。今度は、痩せた眼鏡の男。今は会計士として働く彼は、昔から頭のいい、けれどひよわなやつだった。その様子なら、知ってるんじゃないのか。眼鏡の男が言う。お前の職場、あの沼に近いもんな。

「知らねえよ」

吐き捨てるのは顎髭の男。探るような上目遣いから視線を逸らせば、眼鏡の男が意を得たりと口角を上げた。

「知らねえって」

視線の交わらない押し問答。顎髭の男の手が、真っ白になるほどジョッキを握る。そこへ、三人目の男が会話に混ざった。

「知ってるとか知らねえとか、何をだよ」

彼は車の整備士だ。結婚で離れた街へ移っていたから、二人と会うのは十年ぶりか。整備士の彼にとって、二人との時間はそこで止まっている。もちろん話題に出た、風変わりなあの"自称"神父についてもそうだ。ハイスクールの卒業式の前夜、沼地の教会と共に姿を消した"ベリー神父"。

「神父さんが戻ってきたのか。元気だった?」

整備士の瞳が輝いた。それに反して、二人の顔が暗くなる。二人の視線が交差するのは、整備士の彼に話すか否かの相談だろう。

何か隠している。葬儀の間、目を逸らしていた疎外感が頭をもたげた。彼の額に薄く皺が寄る。いち早く気付いた顎髭の男が、言い淀みながら口を開いた。

「まあ……確かに、そのことではあるんけど。」

顎髭の彼曰く、あの沼の干拓作業が再開されたのだという。消えたと思っていた廃協会も沼の深みに沈んでいただけで、あらかたは元の姿のまま見つかった。一緒に溺れたのではないかと言われていた神父はといえば、少なくとも沼の中にはいなかったという。

「じゃあいいじゃないか。」

行方が知れないのは残念だけど。そうこぼした整備士の彼に、今度は会計士が返す。

「神父はいなかった。代わりに、別の死体が。」

男女を問わず、夥しい数の亡骸が上がったのだという。教会の裏にあたる位置と言われて、整備士の脳裏にかつての風景がよぎった。昼間でも薄暗いようなあの沼地。中洲に建っているという話ではあったが、半ば沈み、二階のバルコニーから入るのが通例だった。礼拝堂こそわずかな浸水で済んでいたが、一階の殆ど、半地下になっているような所は膝まで水が上がってきていて、たしか。

『床が抜けた所もあるのだよ。危ないから、礼拝堂より奥へは行かないでおくれ。』

"ベリー神父"の言葉を思い出す。あの頃は大工を目指していた。手先の器用さを褒められた日、この教会も練習ついでに直したいと申し出た時、彼はそう言って廊下の先には行かせなかった。

「神父さんが、何か。」

整備士の声が震える。一つ思い出せば、数珠繋ぎに記憶が溢れる。高校の時も、今のようなやり取りがあった。言い淀む二人に無理を言って聞き出して、確かそのまま疎遠になった。整備士の口が乾く。ビールを煽る彼を二人が見返して、やはり、言いにくそうに視線を交わした。

「俺も。俺も、ほんとうは……。」



整備士の呼気が白く揺れた。かじかむ両手はポケットの中だから、携帯をいじりながら帰路にはつけない。送別会での話もあって、自然と思考が過去に及んだ。

『私はベルシアザル。長いだろうから、ベリーとお呼び。サムソンでもいい。こちらは私の、昔の名なんだ。』

沼地にショッピングモールが建つ。とりあえず干拓作業が始まって、沼の水が引いたらしい。それを聞いて自転車を走らせたのが小学校の頃だった。果たして沼の水位は下がっていたが、それ以上に、かつては船の残骸か廃棄処理の木材と見えていたものが、腐食まみれの教会と知れたのが興味を引いた。友達の……今の警備員の彼の……言うままに中へ入って、そこであの神父さんに会ったのだ。

『そう。粗暴で、考え無し。傲慢さで身を滅ぼしたサムソンだ。寛容なる主にもう一度チャンスもいただいたのだけど……この通り、同じ末路を辿ってね。』

サムソンって、あのサムソン?そう言ってからかったのが今の会計士。神父さんは真面目な顔でああ答えるものだから、自分たちはそれをまたからかって、逃げて、またからかいに行って、そのうちに何となく居心地の良さを覚えたのだ。ぼろぼろのオルガンを修理したり……音が鳴るようになって、そもそも神父さんがへたくそなのだと知った……沼の周りの林で栗を集めたりした。栗など拾って焼かなくとも、あの教会にはいつのまにかお菓子や飲み物が……賞味期限内の、子どもの好きそうなものが……あったのだけれど。

『今度こそは弱きを守り、悪しきものを打ち倒さなければ。だから子どもたち、ねえ、もしそういう人がいたら、教えておくれ。』

そうだ、と整備士が息を吐いた。悪いと思った相手を皆、伝えたのだ。近所をうろつく変質者、麻薬の売人、娼婦、公然と不倫する中学校の教師まで……。探偵気取りで、友だち総出でリストまで作った。そこまで思い出して、整備士がぼんやりとそらんじる。

「日暮れて、四方は暗く……。」

小学校の校歌も忘れたくせに、と苦笑いして、脳裏のへたくそなオルガンに声を合わせた。

「主よ、ともに宿りませ……。」



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