(子盗り騙りのセドリック・ジョルダン 後日譚)
「セドリック・ジョルダン?」
その呼びかけに応えて、蓬髪の青年が顔を上げた。ふわふわとした金髪を鬱陶しげに撫でつけて、濃い隈の浮いた四白眼が睨め付ける。偽物"鳥籠ジャック"の騒ぎの翌日であったし、昨夜に限って一際根気強かった警官隊を夜明け近くまで相手したこともあって、常日頃以上に彼の顔色は悪かった。
木陰に溶け入るようにして上着を敷き、手元の本を読んでいたのだろう。立ち上がりかけた彼を制して、声の主が屈み込んだ。
「初めまして。今日から家庭教師を務めるカーネギーだ。ジョシュア・カーネギー。こないだお休みをもらった、ミス……今はミセス・カーネギーの従兄弟さ。」
歳は離れてるんだけどね、と懐こく笑いかけた新任教師は、けれど木陰の青年とそう変わらない歳に見えた。二十歳前後だろうか。撫でつけた黒髪や艶やかな肌、切長だがくるくる動く人懐こい目つきを見れば、木陰の彼より年若い印象すら受ける。それは青年も同じであるらしく、むくれたまま黙り込む青年を前に、不安げに肩を落とした。あなたが、セドリック・ジョルダンだよね……ですよね?
「そうですよ。」
木陰の青年が錆びた声を返す。岩石で蝋石を抉るような低い声で応えて、その口元が意地悪そうに吊り上がった。
「驚かれたでしょう。僕は成熟した身体で生まれた身なんです。」
彼の祖母である伯爵夫人や従姉妹からは、六歳の少年だと聞いている。伯爵夫人は「少年」の部分をどこか濁していたが、従姉妹などは
『くそ生意気だけど、慣れれば素直で可愛い子よ。ちょうど背伸びしたい年頃なのよね。』
そう言っていたのではなかったか。二の句が告げずにいる後任教師を値踏みする青年の口元ばかりが笑っている。
「信じられないでしょうね。でも、僕の祖母の顔を思い出してごらんなさい。あの仏頂面で貴方を担いでいるとお思いですか?」
「それはないね。」
「そうでしょう。」
青年と後任教師が頷き合う。まあ、と青年がこぼした。
「僕だって冗談を言うつもりはありません。ただでさえ『六歳の子どもだって言ったのに』って逃げ帰るのが殆どですからね。お嫌でも、家庭教師のフリだけはしてくれませんか。授業はいいですから。」
祖父母の心労を増やしたくはないのだと言う。公子らしくしたいのだと、青年が後任教師を見上げて目を泳がせた。けれど、果たして後任教師は首を振るのである。
「フリだけってのは嫌だね。」
「もちろん給金も!」
「そうじゃないさ。」
後任教師がにんまりと笑った。
「授業もさせてもらおうじゃないか。語学から算術まで"公子らしい"ものを教えるとも。
でもさ、どこから教えるか、レティねえさん……ミセス・カーネギーからは訊いてなくてね。そこの確認をまず第一講目にしようじゃないか。」
まずは、と後任教師が考える。青年の手元の書籍、それがフランス語であるのを見てとって、語学かな、と呟いた。
「さっき、成熟した身体で生まれたって言っていたね。それはどういうことか、フランス語で説明してみよ!ってのはどうだい?」
膝を立てて座った彼に、青年がにたりと笑い返す。発音こそはでたらめな、けれど文章だけなら簡潔に整ったフランス語で、ざらついた声が答え始めた。
『三年前より昔のことは分かりません。その時には僕はもう大人の体でした。父はあなたと同い年くらいですが、最初から僕の父だと名乗っていました。彼は僕をこの家に連れてきて、祖父母に紹介しました。"これが自身の息子、あなた方の孫"と言っていたのを覚えています。僕のことを正しい人間に育ててほしい、そう言って僕を祖父母に預けました……。』
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