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青吊

菫の獄吏 1


見えない目でも、彼女を探した。

顔はもうじき溶け落ちただろう。醜さを捨てた今の獄吏なら、婚姻の承諾が貰えるはずだった。耳鼻も焼け溶けて、今は声も香りも辿りようはない。けれど、一つ、二つ、穴でも開ければ、元どおりに感じ取れよう。

獄吏は立ち上がり、手探りでナイフを求める。塔の中のこと、ことさらこの拷問室に関しては、目が見えなくとも手に取るようにわかっていた。真っ暗闇で行う拷問もあるくらいだ。けれど、見つからない。天井の鉤から吊るしてあるはずだった。鋏、梨、櫛、ナイフ、鉈…他はあるのに、ナイフだけが抜けている。

どうして、と呟けば、焼けた喉を呼気が苛んだ。咳き込み、倒れ込めば、また絶望を知る。体を迎えるのは処置台の固い板ばかりで、彼女の体は忽然と消えていた。いないと分かっていても、手足を捕らえていたベルトを辿れば、いずれも、滑らかな切り口に指が触れた。

今度こそは、と。本当の本当に、今度ばかりはと、そう思っていたのだ。この顔を真っ直ぐに見て、声を震わせるでもなく語りかけて、人にそうするように、笑ったり同情したりしてくれたのだから。

けれど、そういうことなのだろう。

ある女もそうだった。獄吏が枷を外した途端、兎のように出口へ駆け出した。閉ざされているのを知るや、助けて、と叫ぶ姿に、やはり、嘘の承諾だったと知った。閂は重く、大の男でも呻くほど。女ならいざ知らず、肩の腱を断ちきるだけの時間は十分にあった。振り向いては近付くのを見、そうして上がる悲鳴を聞けば、思い直す気がないのはたやすく知れてしまった。

彼女は罪を認めたのだったか。あの後、暴れたり騒ぐばかりで、治療もまともにさせてくれなかった。結局そのまま、私は魔女です、と繰り返す彼女を戒めて、刑吏に引き渡したことばかりを覚えている。

また。ある女もそうだった。考えてみるから助けてほしいの一点張りで、そんな気はないのだと、獄吏にははなから分かってしまった。それを告げれば、凄まじい顔をして、何事かを吐き捨てる。どこの言葉とも知れないが、意味だけはよく分かった。きっと呪いの文句でこそあれ、許しを請うそれではなかったろう。 彼女は確か、罪を認めたのだ。近くの丘で火刑に処されたから、断末魔がよく聞こえた。彼女が炎に呑まれる様も、鮮やかによく覚えている。 強かな人だと思った。よく気がつく、賢い人だとも。こんな人にこそ、苦楽を共にする伴侶になってほしかった。 獄吏の後悔は大きくなる。伴侶を得られなかったこと、彼女を伴侶にできなかったこと、そして、罪人であることを認めさせることなく逃してしまったこと。けれど、火傷があまりに大きかったせいか、それとも、彼から燃え移った火が回りきったためか、立つ力も失い、処置台から滑り落ちる。けれど、息すらできないまま、それでも彼女を探した。

「あなたは、そうはなるまいね」

獄吏が少女の髪を撫でる。固い処置台の上であっても、相好を崩して、安らかに眠る彼女が愛くるしい。塔の窓から見える空は明けかけていて、起こしてほしいと頼まれた時分まで、あとどれほどもないようだった。朝になればまた、彼女は眉根を寄せて眦を吊り上げ、わざと厳しげな顔で馬車を駆る。伴侶の自分ですら、昼間はおいそれとこんな顔は見られない。いっそ、もう暫く。そう思ったのを見抜いたように、外で黒馬たちが嘶いた。

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