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青吊

睡魔ドロワーユ

夢をみたのだという。誰かに抱かれて眠り続ける夢を。五日に渡って眠り続けていた少女は、遠く、窓の外に目を向けながら、そう言った。

「初め、私は誰かに運ばれていたんです。誰かに抱かれて、一歩ごとに揺れるのがとても

心地良かった」

だからそのまま、その誰かの顔を見ることもなく、胸に頭を預けて微睡み続けたのだと。

「そのうち、どこかに着いたようでした。暗くなったから、少しだけ目を開けたんです。石造りの城門のような場所を通っていました。霧も出ていたように思います」

誰かはマントの中に彼女を包み、濡れないようにして運んだそうだ。そうして曲がり角をいくつかと、無数の階段を過ぎて、どこかの部屋に辿り着いた。

「城の中も薄暗かったけれど、もっと暗い部屋でした。ランプは点いていたけれど、ぼんやりとして、目を開けていても閉じていても変わらないような。私はそこで、ベッドの上に降ろされたんです」

瞼を開けば、あの誰かは外套をしまい、上着を脱いで、同じベッドの中に身を沈めた。そうして彼女を抱きしめると、そのまま寝息を立て始めたという。彼女もまた、暖かさに安らいで、瞼が落ちるまま、眠りに身を任せた。

「どれくらい経った頃かは分かりません。寝ていると、一瞬にも、すごく長い時間にも感じるでしょう。ノックの音がしたかと思ったら、誰かが飛び込んできたんです。すごい剣幕で、男の人、若い男の人みたいでした」

ドロワーユ、と。怒鳴る声で、二人はすぐに目を覚ました。身を起こした誰か…ドロワーユに対して、男は何か叱りつけるように話しかけていたそうだ。

「とても早口で、よく分かりませんでした。けれど、家に帰せとか、私が眠ってから四日過ぎたとか、そういう話をしているみたいだった」

ドロワーユの顔はどんどん曇っていった。彼女を抱きしめる力も強くなる。何事かも分からず、ただ先ほどまでの心地よい微睡みにはやく戻りたくて、ドロワーユと男の顔を交互に見返すばかりだった彼女に、男が訊ねた。君、ここにいると死ぬぞ、死にたいか。咄嗟に、首を横に振ってしまった。

「急に、怖くなってしまったんです。あの場所も、あの人も。だから、家に帰りたい、死にたくないって言ってしまった」

それを聞いて、ドロワーユは暫く固まっていたという。ほら、と男に促されてやっと動き出したけれど、その動きはとても緩慢で、ぎこちないものだった。ゆっくりと上着を着、外套を身につけると、再びドロワーユは彼女を抱き上げ、歩き始める。

「帰りは行きより速いものでした。城を出て、霧を抜けたら、私の家の前で。そのまま私の部屋のベッドまで送り届けられて、そこで、目が」

少女の言葉が途切れた。窓の外に目をやったまま、彼女の口が真一文字に結ばれる。沈黙の中ら医師は次の言葉を待った。そうして

「私、目覚めない方がよかった」

ほんとうは、と少女が言う。その声が震える。眼窩に溜まった涙が、はじける。

「あのひとの腕の中で、ずっとまどろみ続けていたかったのだわ」

少女はついに、声もなく泣き出した。叫ぶ声すら詰まって出せないその背を、医師の手がゆっくりと撫でる。その姿が、静かに変わっていく。

髪は背を覆うほどに長く伸び、白衣は白い毛皮の外套に変わっていた。その顔もまた、同じく。傷一つなかったその肌はケロイドで覆われ、笑っているように引き攣れていた。いや、実際、笑っていたのかもしれない。

少女を抱き寄せて、医師が、否、ドロワーユが、ほんとうに?と囁いた。

「ええ、ほんとうに!」

しゃくりあげながら少女が答える。ドロワーユが、二度と戻れない場所に行くのだよ、と訊ねても少女はかぶりを振って、戻らなくていい、と。そう答えるのだ。

ドロワーユが少女を抱き上げる。

「城主に訊かれても、そう言えるね」

その問いにも、少女は迷わず肯いた。彼女の腕が、ドロワーユの首にまわる。

「連れていって」

囁かれたそれに頷いて、ドロワーユは少女をきつく抱きしめた。



「いや、遅れて申し訳ない!」

早足で飛び込んできた医師が、空の寝台に頭を下げる。そうして頭をあげて、辺りを見回すのだが、しかし、診察室には少女の影一つ、残ってはいないのだった。

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