どことも知れない国の、いつとも知れないお話です。
その国の王様の元には、二人の子どもがおりました。美しい王子様と可憐なお姫様です。二人とも並ぶものがないほどにお綺麗な方々でしたが、お姫様の麗しいことといえば、墓地の死者たちすら囁きあうほどでした。
「美しい方がいらした」
「姫君がいらした」
「お一人で、母后さまのお参りに」
死者たちの囁きは、地下の更にはるか下、地の底の宮廷に暮らす、死人の公子の耳にも入りました。彼は好奇心に駆られて地上へ出ると、墓標の陰からお姫様の姿を見ました。そして、一目で恋に落ちたのです。
公子はお姫様に贈り物をすることにしました。花で冠を一つ作り、墓標に姿を隠して差し出します。彼の宮廷に暮らす死者を気にかけてくれる礼として、そして何より、お姫様への賛美として。お姫様は微笑んでそれを受け取り、公子の手づから戴きました。
けれど、お姫様の国では、墓地の花で作った冠といえば、死者にだけ贈られるもの。ですからお姫様は城に帰るとすぐにそれを外してしまって、庭園の茂みの中に、隠すように捨ててしまいました。公子はそれを知りませんから、お姫様が墓地に来るたび花冠を差し出しましたし、お姫様は城に帰るたびそれを捨てました。そんなことは何度か繰り返され、いつしか、花冠の花は庭園に根付いておりました。
冬の訪れたころだったでしょう。庭園のそこかしこに、雲母のような花が咲き始めました。風で揺れたり、摘もうとして触れたりすると、ひび割れて砂のように崩れてしまう花です。また、時を同じくして、城に病も流行りはじめました。段々体温が下がっていき、おかしいと気付く頃には体も冷え切り、ついには眠るように死んでしまう病です。病は使用人も、貴族も問わずに広まりました。死神の由来を調べる間もなく、どんどん城から人が消えていきます。対して、雲母の花はますます増え蔓延り、庭園だけではなく、城下町のそこここにも咲き始めました。するとやはり、街でも同じ病が流行りだし、じき、かつての賑わいは葬儀の鐘に取って代わりました。
けれど、お姫様だけは分かっておりました。死神を連れてきたのがご自身であると、よく知っておりました。けれど、それはあまりに恐ろしいことでしたから、誰に言うこともできないまま、自ら雲母の毒をあおったのです。
地の底へと下りたお姫様を、公子は喜んで出迎えました。公子はこれっぽっちも知らなかったのです。死の国の花が生者には毒であり、まして、地上で根付いてしまうなど。ですから公子はお姫様が自ら会いに来てくれたと思って
「見せたいものがあるのだ」
「会わせたい方がいるのだよ」
そう言って嬉しそうにお姫様の手を引きました。お姫様もそれは分かっておりましたから、公子を責めることもできず、連れられるまま、死人の宮廷の住人となりました。そうして、同郷の死者の前へは、たとえそれが母后さまや兄王子様であっても、二度と姿を現すことはなかったそうです。
どことも知れない国の、いつとも知れないお話です。
Comments