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青吊

Gasp Hollow 6

悪夢の槍が脚を貫き、よろけた体を別の悪夢に深く切り裂かれて、サラは意識を失った。

そうしてまた、月見の塔の燈火の元で目を覚ます。何十度目の死だったか、もう数えてなどいない。強行突破には悪夢の数が多過ぎたのだと反省し、また、サラは旧市街へと戻った。

気付かれないように移動し、一人ずつ数を減らしていく。もう、悪夢がどこにいて、どこからどこへ移動するかすら、頭に入ってしまっている。もう十分、大通りを抜ける準備は整っていた。

棺桶に潜む悪夢を躱してその脳天を叩き割り、悪夢の集団をやり過ごしたのち、魔弾の杖を振るって最後尾から仕留めていく。通りからの視線が及ばない路地にのぼったら、巡回する悪夢を一人ずつ誘い出して、刈る。手順通りにやれば、何と簡単なことだろう。もう、傷を負うことも少なくなって、逆に、悪夢が遺した精神薬でポケットがあふれるほどになっていた。

だからまた、油断したのだ。大通りを抜け、細い街路に入ったところで、しつこく追ってきた数人の悪夢を撃退する。そうして背後の危険を無くしてから踏み込んだのは、小さな広場だった。小さな、とはいっても、広場だけなら大通りを二つ、横に並べたくらいの幅がある。中心に大きな噴水があり、周りを家々で、四方の角を木で囲まれているから、狭く感じるのだろう。噴水からは澄んだ水が流れていて、水面の木の葉を浮き沈みさせている。あたりは静かで、石畳にも色付いた木の葉がちらほら落ちていて、ふと、今は秋なのだろうか、と場違いな感傷を抱くほどに、穏やかな場所だった。

木の葉が舞うのに目を奪われていたからか、背後から迫る、蔦の巨人に気付いた時にはもう遅かった。鞭のように剛腕がしなり、サラの背中にもろに拳が叩き込まれる。骨はばらばらに砕け、内臓を挽き潰されて、サラは意識を失った。

どんなに美しい場所でも、ここは怪物のたむろする土地なのだ、と思い直して、また、駆け抜ける。大通りを過ぎ、噴水広場へ。今度は巨人に気付かれる前に、逆に背後からその体を叩き割った。その巨躯も姿も大通りの悪夢たちと違うものなら、耐久性や腕力も一線を画していた。けれど、一撃一撃は鈍重で、突然の突進にさえ気をつければ…一瞬背筋の凍った場面もあったが…怖い相手ではなかった。戦いに慣れてきたせいもあるだろうが、これを倒すのに、精神薬を使わなかったくらいである。蔦の巨人が塵となって消えるのを確認して、あたりを見回す。広場には、サラが来た大通りからの路地が一つと、西側に階段が一つ、それから、大通りから見て噴水を挟んだ反対側に、おそらく施療院から出た時にみたそれであろう、大きな橋が架かっていた。進むべきは、苗床がいるのは、おそらくその先だろう。見れば、二人の悪夢が、ふらふらと橋の先からやってくる。二人程度なら、今のサラにはなんでもない相手である。噴水の陰から襲いかかれば、反撃の隙も与えず、二人が塵と消えた。

サラは橋の上を行く。橋の上もまた、荒れ果てていた。石畳や欄干は所々崩れたり、穴が空いたりし、そこここには壊れた木箱や棺桶が放置されている。何のものともしれない血だまりもそこここにあって、やはり、ここが苗床のテリトリーなのだと思わせた。

橋はひたすらに続いている。しばらく来たと思って振り向けば、旧市街の景色がうっすら霞んで見えるほど。おそらく、橋は、湖か大河かを横断するように造られているのだろう。時折欄干の下を見ては、ここから落ちたらひとたまりもないだろうか、とか、もし橋が崩されたら、なんて考えながら、サラはひたすら足を進めた。そうしているうちに、橋のおそらく半ば、広場のようになっている場所へ出た。

広場の真ん中にあるのは、燈火だった。ただし、その火は消えている。苗床が消したのだろうか。そう思いながら、何の姿もないことを確かめて進むが、しかし。燈火まで後10歩にも迫ったそのとき、不穏な影が欄干の下から躍り上った。咄嗟に飛び退いた瞬間、サラのいたその場所に、長大な何かが降ってくる。

それは、半人半蛇の巨大な異形だった。頭から胴体までは人に似ているし、破れて蜘蛛の巣のようになっているが、襤褸も纏っていたけれど、その腰から下は、蔦が生え、絡まり合って、蛇の尾のような形態をあらわしていた。尾の所々からは更に蔦が枝を伸ばし、そのうちのいくつかかがまた絡まり合っては、不完全な人型のものに成っている。悪夢を生やしているのだ。これが成長して、分離し、大通りに溢れていたのだろう。苗床だ、とサラは確信した。

鉈を構えれば、燈火とサラの間に立ち塞がるそれが、吼える。気味の悪い鳥のような声が橋に響いた。

半人半蛇の攻撃は単調だった。這いずって近付き、右手か左手で薙ぎ払う。あるいは、人が虫をつぶすように、左右の手を勢いよく撲ち合わせる。どちらも、後方へステップを踏めば躱せるものだった。けれど、その巨躯だ。這い寄る距離が長ければ、振るう腕もまた長く、掌も大きい。ほれを躱すためにはより遠くへ跳びすさらなくてはならず、疲れを知らない苗床の攻撃には、サラの顔の疲労の色が濃くなり、息もだんだんあがってくる。十分に呼吸を整える隙もなければ、重くなる足を休める暇もない。当然のように、サラの足がもつれ、動きが止まる。その瞬間、苗床の巨大な掌がサラを掴み、そのまま一息に握りつぶした。

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