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青吊

Gasp Hollow 11

広間の先は一本道の水道で、はぐれの悪夢すらいない長い道を、サラは一人進んでいった。その果てには狭い煉瓦の螺旋階段が待っていて、それを上がれば、やっと地上に出るのだった。とはいえ、それがどの辺りかは分からない。橋は近くに見えているけれど、路地二つか三つ分くらいは離れたところに出てしまっているらしかった。

さて、とサラは周りを見回す。とりあえず、今、周りは住宅に囲まれていて、上り階段に続く一本道があるだけだ。なら、とりあえずはここを行くしかないだろう、とサラは再び歩を進めた。上り階段は一つ、二つ踊り場を経由して続いていて、その先が見えたのは少しあとだった。上り終えた先はといえば、煉瓦造りの門をくぐって、宿舎かアパートメントの中庭らしき場所に出るのだった。

四隅に生垣を備え、中心には何かの記念碑か、墓碑かが聳えている。そして、それを囲うように等間隔で墓標が何列も並び、石畳の道がそこへ続いているのである。

そこまで見渡したところで、鼻をつく臭いにサラは眉を顰めた。

生臭さが鼻をついたのだ。ただの墓場の臭いではない。もっと強烈なそれは、消毒液と屍体の臭い…悪夢の弾けた臭いだ。匂い立つ臭気は、一歩踏み出すごとに強くなる。思わず鼻を覆ったとき、音も聞こえた。何かぬかるみに突き刺すような、粘ついた音である。音の源を見れば、目に映ったのは見知った姿だった。

薄暗がりに浮かびあがる、白いボンネット、白いワンピースドレス、そしてやはり白い、傘のような槍。

「…キャロライン」

こたえはない。ただ黙って、槍を何度も、それこそ穿孔だけで胴体がちぎれるほどに突き刺して、彼女が深くため息をつく。

「どこを見ても、悪夢ばかり」

引き抜いた槍の先で、悪夢が弾けて塵となる。その煙の中、闖入者の方を振り向いて、彼女が言った。

「あなたも最後は、そうなるのでしょ?」

キャロラインが踏み出した。槍を引き摺りながら、サラの方へ近づいて来る。

「キャロライン…?」

やはり、応えはない。聞こえてくるのは、途切れ途切れの呟きだけで、それが一層サラを不安にさせた。キャロラインに、私は見えていないのではないか、と。それを裏付けるように、射程内に入った瞬間、キャロラインが槍を振り上げた。

「キャロライン!」

私です、サラです、橋で一緒に戦った…。槍を受け止めながら、サラが叫ぶ。けれど、槍の勢いは衰えない。それどころか、受ければ受けるほど、より的確に隙をついて槍が突き出されるようにすら思える。槍を引き、短く構え直し、突進。あまりの勢いに鉈を弾き飛ばされ、サラもまた、地面を転がる。墓標にぶつかってやっと止まった体は呼吸すら辛く、どこか、骨が折れているように思えた。そこへ、キャロラインが歩み寄る。

「知っているわ。知っているのよ。茸たちが教えてくれるもの。どこに悪夢がいるか、どんな姿をしているか。傘をどう振ったら悪夢を刈り取ることができるのか。衛士のお仕事は悪夢を刈り尽くすことなのだもの、ぜんぶ、ぜんぶ茸の言う通りにしていれば、間違いなんて無いのだわ。そうよ、私が間違うはずなんか無いの…」

初めてまともに呟きを耳にして、サラの背筋がぞくりと凍った。正気ではない。けれど、どうして、いつの間に。それとも、橋で共に苗床を倒したあの時にはもう、狂気に蝕まれていたとでもいうのか。

「キャロライン、聞いて…」

けれど。

キャロラインの両手が槍を握る。大きく振り上げる。そして。

サラは再び、しかし幸い、直ぐに意識を失った。

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