そう、溺死体。顔ばかりが白く美しく、しかし、胴体は水を含んで膨れ、弛んだ、下半身に魚の尾を持つ巨人の死体。けれど、否。そうではなかった。近寄ったその瞬間、"それ"の目がぎょろりと動いて、サラを見た。これもまた、悪夢の一形態だろうか。そう思ったのを否定するように、"それ"の腹が大きくうごめく。伸びた薄い皮膚を破って、人間ほどの生きものが姿をあらわした。それが産み落としたのは、水道で何人も見かけた、あの少女…悪夢
である。悪夢ではない、苗床だ。そう気付いた時にはもう、悪夢は"それ"が楽しげに見守る中、サラを見つけていた。そうして嬉しげに泳ぎ寄ってきては、やはり、サラを水中に引き摺り込もうとするのだった。
サラはその手を振り払い、悪夢に鉈を叩きつける。塵と消えた悪夢を目にして、"それ"の嘆きの声が水道を震わせた。
その声に応じるように、"それ"の腹から何人もの悪夢が溢れ出る。それだけではない。背後から聞こえる水音は、水道街に散らばっていたあくむらが集まって戻ってくることの証左だろう。目の前の悪夢たちに向かって鉈を振りかざしながら、合流される前に倒しきろうと、サラは焦る。しかし、間に合わない。前から、後ろから、悪夢たちが迫るさまは濁流のよう。その流れに押し流され、引き摺り込まれて、無茶苦茶に鉈を振り回しながら、けれどその甲斐なく、サラは意識を失った。
再び、ジリアンの家の前で目を覚ます。久しぶりの死に、油断していたと溜息をついた。産んだ悪夢を呼ぶと知っていたら、最初から水道街じゅうの悪夢を刈ってから進んだものを。そうして、また貯水池を抜け、水道街へ足を踏み入れる。今度は決して抜かりなく、目にした悪夢を一人ずつ、誘い出し、刈っていく。幸いここの悪夢たちは水音に、あるいは水の波紋に敏感だったから、遠くからばしゃばしゃと水をかき分けてやれば、群れからも二、三人ずつ、容易くおびき寄せることができた。
そうしてまた、広間に辿り着く。人魚に似た苗床はやはり、そこにいた。今度はすでに何人もの悪夢を周りに侍らせ、サラを見つけるなりあの呼び声を放ったが、けれど、増援が来ようはずもない。距離を取り、一人ずつ引き寄せては、悪夢の数を減らしていく。そうして最後の一人が塵と消えるのを見るや、苗床は水道の深みへ潜り、逃げ出そうとする。けれどその目前へ、サラの杖が炎を放った。水の中にすら噴き込むそれに顔を焼かれ、苗床が悲鳴を上げて浮上する。サラはその瞬間を見逃さなかった。苗床のもとに迫り、鉈を振りかざす。その姿を捉えた苗床が悲鳴をあげるより先に、サラの鉈がその首を断ち切った。
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