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青吊

Gasp Hollow 1

目覚めはやはり、診察台の上だった。けれど今、彼女を照らすのは眩しい朝日であり、立ち込めるのは、清潔さを際立たせる消毒剤の香りだ。お目覚めですか、と声をかけてくる看護婦も、おそらくは馴染みの方なのだろう。脈や体温の計測は問題なく、無事に"治療"は終わったようにみえる。先生をお呼びしますね、そう言って足早に立ち去った彼女をぼんやりと見送って、少女はゆっくりと起き上がる。ずいぶん長く、寝疲れするくらい眠っていたような気怠さがあった。手足も硬く、なまったような重さがある。

「衛士さま」

聞き知った声がした。

そちらを見れど、何もいない。標本と資料が詰め込まれた戸棚があるばかり。それでも、誰かが少女を呼んだような気がして、ベッドを降りる。

難しげな医学書、なにかの薬剤、臓器の入った標本の瓶詰め…その中の一つが、少女の目を引いた。

大きな瓶詰めだった。薄ピンクの溶液の中に、人間の嬰児に似たものが沈められている。潰れたような扁平な頭、大きな右目、肉に埋もれかけた小さな左目、左右ばらばらの大きさの手足にはミミズ腫れのような縫合痕が浮かんで見えた。

"輸血……実験標本 Ep-H"

ラベルの文字は所々かすれていて、なんの標本なのかは窺い知れない。

「ウォーターハウスさん?」

はい、と応えれば、衝立の後ろから気遣わしげな顔の看護婦が顔をのぞかせ、こちらへ、と彼女を手招いている。奇妙なものも置いてあるのだと思いながら、呼ばれるまま、サラは棚に背を向けた。

薄暗い広間はいくつもの衝立で仕切られていた。衝立の間には一つずつ寝台が並び、それぞれに患者たちが眠っている。その間を縫って帰った寝台には、すでに医師たちが揃っていた。大丈夫ですよ、と肩を支える看護婦に促されて、少女が寝台へ戻る。それを看護士と医師たちがのぞきこんでいた。ある医師はカルテを書き込みながら、またある看護士は瞳孔の様子を確かめながら。その中の一人、初老の医師が進み出てて、言った。

「目覚めてみて、どうかね。体におかしなところは感じられないかな。…それから、自分については認識できているかな…例えば、自分の名前や容姿は説明できるかい」

どういうことなのだろう。体の変調はともかく、自分についてなど。迷いながらも、少女はよどみなく説明した。サラ・ウォーターハウスと名乗り、長い金髪で青い目の、特に痩せても、太ってもいない女性であると。 傷や痕のような特徴に関しては少し考え込みもしたが、おおむね、そこに迷いはなかった。

認識能力は正常なようだ、医師は頷く。そうして、続けて、何か夢は見たか、と訊ねた。けれど、少女は覚えていない。否、見た気はするのだけれど、思い出そうとするとぼんやりとしてしまって、何も。

それを告げると、医師は肩を落とした。

では、もう一度試してみよう。君はこれと相性がいい、きっと次はうまくいくとも…

そう言うと、看護士が少女に横になるよう促す。腕に薬液が流し込まれると、一瞬、焼けるような感覚を覚えたと同時に、猛烈な眠気が襲ってきた。

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