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青吊

菫の塔

 どことも知れない国の、いつとも知れない頃の話です。

 ある街の外れに塔があって、よく人が閉じ込められたといいます。彼らは皆、捕まったけれどその罪を認めなかった人々で、自白させるために塔へ連れて行かれたのだとか。

 なんでも、塔には腕のいい刑吏がいたのだそうです。“すみれ”と呼ばれていたと聞きますが、果たしてそれは、刑吏の名前であったのか、それとも刑吏たちの家名であったのか、はたまたあだ名にすぎなかったのか、今はもう知るよしもありません。伝わっていることと言えば、“すみれ”の拷問の腕が優れていたことと、ひどく醜かったこと、それから、その最期ばかりです。

 名高い拷問の手腕については、今現在の街の大人たちもよく知っていることでしょう。なにせ、「悪いことすると“すみれ”に預けるよ」と脅されて育ってきたのですから。だから、詳しい手段は知らなくとも、どんな大悪党も罪を認めるほど、それこそ、自白の先に絞首台が待っていたとしても、神を讃えながら喜びの涙とともに塔を後にするほど、そんな拷問の恐ろしさだけは、子どもの頃の妄想に補完されたものが、頭の奥にまで染みこんでいるというわけなのです。

 また、かつて女の子だった女性たちには、また違った恐ろしさが染みついていることでしょう。“すみれ”は塔に送られてきたご婦人方に必ず「私の妻になりはしないか」と聞いたといいます。拷問が始まる前と、始まってからの小休止のたび、そして、処刑台に連れて行かれる寸前にも。繰り返しの問いがが哀れみからくるものだったのか、好色さゆえだったのか、寂しさのためかは分かりません。ですが、その最期を見るに、求婚を受け入れたご婦人はいなかったのでしょう。

 それというのも、“すみれ”の死は、あるご婦人の機転によるものだったそうなのです。彼女は“すみれ”に求婚されたとき、こう答えたのだそうです。

「その顔を焼きつぶして、二度と私が見ないようにしてくれたら、あなたの妻になってもいい」

すると“すみれ”は迷わず油をかぶり、燭台から火をうけました。

 本当かは分かりません。けれど、三度、“すみれ”は体を燃やしたのだと伝わっています。それもすべて、ご婦人が「まだ焼け残った部分がある」と言ったから。ですから、目や耳すら溶け落ちても、“すみれ”は尋ね続けました。

「もう焼けましたか」

「私の顔は見えませんか」

けれど、その頃にはとっくにご婦人は逃げていて、“すみれ”が彼女の声だと思って聞いたのは、塔に吹き込むすきま風の音だったのですけれど。

 そのうち“すみれ”もろとも塔は焼けてしまって、何も残りはしませんでした。

 

 一度焼け落ちてしまえば、塔を直そうという人はいませんでした。塔は風雨に曝されて崩れるに任せ、いまではもう、土台の一部が残っているに過ぎません。けれど、時折、見てしまう人がいるのだそうです。

 決まって、星だけが明るい新月の晩。窪地にかつての姿の塔が聳えると、その頂の鐘楼に、塔下をのぞむ人影があるのだそうです。下から見ていることに気付くとすぐ身をかくしてしまうといいますが、それこそが“すみれ”なのだそうです。


 どことも知れない国の、いつとも知れない頃の話です。



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